男とは何者だ?

男とはいったいどういう生物なのだろうか?少年期から壮年期、そして老年期にいたるまで、男性の性はどのように機能し、どのように衰退をたどるのであろうか。
我々、泌尿器科医の使命は、毎日たくさんの男性や女性、そのパートナーの人たちから性的障害やそのことによって発生する人間のいろいろな悩みについて助言をしています。
性に関する障害は人それぞれ違っていますが、その一つ一つに向き合うことによって、人間の感情の持つレパートリーの多さにただ驚愕する限りであります。
なぜ、このような感情や姿勢が生み出されるのでありましょうか。現代社会はめまぐるしく変化しており、またこの先どうなっていくか全くわからないのです。
泌尿器科の専門医である方々は、このような性に関する感情の様相を無視するわけにはいきません。なぜなら、ときには尊敬の対象になり、ときには軽蔑の対象ともなりうる男性の性器官が、その任務をよく果たすかどうかを決めるのは、それらの感情にほかなりません。
短小の男たちと対話すると、必ずといっていいほど私は、彼らがセックスについて無知であることに驚きます。
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夫が月に1回しかセックスする気を起こさない場合に妻は考えこんでしまうようです。たとえば彼が浮気をしているのか、病気なのか、自分に夫の気をそそる力がなくなっているのか、あるいは、夫は自分の世界に引きこもって理想の女性を想像しながらオナニーでもしているのかと。
しかし、男性か女性かを問わず、若かろうが年をとっていようと、たいへん重要なことは何が普通であるかを知っていることです。

彼の妻と同権のパートナーとしての男性。あるいは、相手の言葉に耳を傾け、なんにでも注意深く目を配り、愛撫の時間を十分にとる恋人としての男性。自分の血を引く子孫のことを親身になって考える父親としての男性。そうした男性の特質を肯定的にとらえ直したいのです。
そして、常に奪うことで自分の弱さや不安を権力という鎧の下に隠そうとする男性ではなく、あたえることのできる存在として男性をとらえようとしたのです。
そんな男性になってはじめて、反り返った男らしさを誇示するために、間違って使われている陰茎が輝くのです。

若い人たちは大人とは別の社会的文化的な風土のなかで育っています。ですから、両親は自分の子供たちに接するときには無意識のうちに抵抗感や自責の念をおぼえるのです。
身体に関することや性的な問題についていえば、規範は、歴史の流れのなかでつねに社会システムや慣習に左右されます。宗教的な観念、社会の決まりごとなどの影響も受けます。世界の多くの地域では今でもそうです。数世紀前から、大幅な個人の自由、寛容、開放性などが特色となった西欧社会でさえ、以前にもまして厳格な規律、強い社会規制、より強力な権威の復活が求められることがあります。
このように振り子のように揺れ動く規範のなかで、青少年が自分のポジションを見つけていくことは簡単ではありません。青少年のアイデンティティーが、肉体的心理的に健全な環境のなかで育まれることが大切なのですが、この環境とはつまり、自分自身をよく知り、愛することを学べるような環境ということです。この環境があってはじめて、少年が大人になったときに他人への愛というものを体験できるのです。
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両親には、成長の過程にある子供を支援してやる権利、というより義務があります。しかし、一方では、子供の方にもなんの影響も受けずに、しかも同時に、そのときどきの時代精神と協調しながら、自分なりのものの見方をつくりあげていく権利があります。成長していく子供と両親の権威のあいだには一種の緊張があるわけですが、それがしばしば衝突という結果に終わるというのは、もっともらしく聞こえはしても、じつは俗説にすぎず真実ではないのです。

寄宿舎などで、はじめての性的体験を共有したという理由で厳しい体罰を受け、公開で、あるいは両親の目の前で悪の刻印を押される少年たちがいます。そんな経験をすると、大きくなってから、性的なことと罪悪とを混同しないようにするのにたいへんな努力が必要なことがよくあります。処罰を上手く過去の問題として片づけることができた場合でさえ、そうなのです。
過去の罪悪コンプレックスが自尊心の欠如や不安、それどころか攻撃性の原因にさえなるのです。このコンプレックスのせいで、その後の対人関係がきわめてむずかしくなるのです。
男性器の健全で自然な手入れ方法とは、すでに生まれた時からはじまるものです。だからたとえば、息子が生まれたら、そのペニスの包皮をよく観察しなければいけません。必要ならば適切な処置を施さなければいけません。思春期には、男性器の手入れの他にも心理的な観点にも注意を払わなければいけません。これがさらに重要なのです。

今日では、成長期直前とその時期に入った少年たちは、昔よりはるかにオープンに性的なものに出会うことになります。スポーツをやっている若者たちは丸裸になってシャワーの下に並んで立ち、内緒であるいは堂々とペニスを比べあうのです。自分の一物の長さを誇る者もいるし、すでに生えそろった恥毛を誇るものもいます。少年の中にはペニスがかなり長いあいだ小さいままの者もよくいるし、陰嚢が友人たちのように
大きくなってこない者もいます。⇒ペニスを増大させるサプりはこちらから
両親がこれに気が付いたり、息子が自分からこのことを話しはじめたら、子供が寄せる信頼を裏切らないことが必要です。思春期や性的成熟がほかの少年たちよりも早く訪れる子もいることを両親も子供も知っておく必要があります。